元村正信の美術折々-2020-10

明日なき画廊|アートスペース貘

2020/10/27 (火)

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美術折々_301

いつともなく完成は始まる



昨日10月26日(月)からアートスペース貘にて、僕の個展『元村正信 │ 非天使 テンシ二アラズ』が始まった。毎年この時期に個展を企画してもらっているので、いつものことだが、暑い夏の真っ盛りに制作はピークとなる。できるなら夏は、何もせずにぼーっとしていたいと思っている人間だから、なおさら制作は進まない。

それでも完成を目指して描かねばならないから難儀なものだ。ただ「完成」というのはどこまでも主観的かつ恣意的なことだから、あくまで自分がもうここでイイと思えるところまでたどり着いたかどうか、ということに過ぎない。

真の完成は、作者以外の他者から見られることによって〈始まる〉のだと、僕はかんがえている。
そう「完成が始まる」のである。だからどこまで行っても「完成」に終わりはないのだ。それは遥か未来をも含めて。それは「絵画」のことだけでさえ、そう言うしかないのだから、ましてやプロジェクトワークのようなものは、よりいっそう「未完性」がつよいことは言うまでもないだろう。とにもかくにも、個展は始まった。

そとに向かっては「 非天使」とはどういうことか、などと言葉を連ね公開してはいるけれど。ほんとうは僕は何も語らず黙ったまま、ご覧いただける方々にゆだねればいいことなのに。それでも色々聞かれ問われれば、声や言葉を通してお答えしなくてはならないことも多くある。

そもそも「芸術の理解」というものに、正解というものはないのだから、誤解や誤読もあって当然なのだが。
発表するということは、そういう別の難儀さがつきまとう。まあそれは仕方のないことだ。

もしお時間あれば、お立ち寄りください。

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▲元村正信展2020より

2020/10/19 (月)

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美術折々_300

非天使 [テンシニアラズ]

いまさら言うまでもないが「天使」は神の使い、伝令として神と人間とを媒介する役割として生まれた。いまだその「神」を信じようが信じまいが、天使というものはそれよりももっと空想のイキモノあるいは現実の比喩として、この現在を飛び回っているように思える。

しかし私たちイイトシをした大人が、「天使」というものをそうかんたんに撫でまわす訳にはゆかない。すでに神は死んでいるにせよ、かつて石牟礼道子が詠んだように「祈るべき天と思えど天の病む」ことが誤りだったと、だれもいまだ覆せてはいないのである。

つまり「天」も「神」も、そして世界はいっそう病んでいるのだ。だから天使はこの現在にあって〈非天使〉として人間と人間以外の何かを媒介する仮象として現れることになると僕は思っている。それゆえに「この空しきを礼拝す」(石牟礼道子)ということになろうか。

さてこれから先である。礼拝と抵抗の同時性。《非天使》テンシニアラズとは、どう僕の「作品」において現れるのだろうか。

2020/10/11 (日)

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美術折々_299

それはメルヘンではなく

天使は目には見えない。天使は正義でもないし悪でもない。ただ神の使い、神の手足となって働くものたち。魂を持つ霊的な被造物と言われてきた天使。

しかしユダヤやイスラムそしてキリスト教などとは関係の稀薄な僕のような者にとっては、その「天使」も古代の神話や歴史的な絵画に登場する無翼の少年あるいは有翼の童子たちのイメージ程度でしかない。

そのイメージといえば。カワイイ、やさしい、癒し、神なき神の使者といった幻想、メルヘンあるいはファンタジーというところだろうか。だが西洋世界では、神が死んだ現在も「天からの使者」の役割をになっているようだ。たとえ天が病んでいようと。

さて。僕の今回の個展のタイトルにはその「天使」という言葉を使っている。それも天使ならざる、『非天使』(テンシニアラズ)とした。といってもエンジェルを描いているのではない。

さあ、どんな個展になるだろうか。
もちろんいまだ、出来上がってはいないが。
あともう少しだ。

2020/10/3 (土)

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美術折々_298

分からなさへの想像



このささやかなブログを書き連ねて5年半ほどが過ぎたけれど、どこでどんな方が気づきいつも読んでくれているかが、分からないことに変わりはない。
ただそれを知りたいというのは、いつもどこかにあるのです。

暗中模索とはよく言ったものだと思う。そういう書き方をしているからいっそう不安なのである。

僕も長く福岡市というところに住んでいるから、時にはこの地方や地域での見聞きをとくに美術や芸術に関して見たり感じたり思ったことを、もっと書けばいいのだろうが。それはそれで興味や話しを狭くしてしまうようで、中々書けないでいる。

むかし西日本新聞の文化面に、渡辺京二が九州・沖縄を中心とした同人誌評というか西日本の文学時評のようなものを長く寄稿していた時期があった。

これは『地方という鏡』として単行本にもなっていて当時僕も読んたが、それは「地方」に住まい生きそして書くということが「世界」というものとどう繋がりそれに感応し、あるいは抵抗するのかといった、人間の根底からの問いかけの態度であったと僕は理解していた。

いまではすっかりそんな「地方」の試行も衰弱し、人の動きや金の多寡に右往左右一喜一憂する日々である。地方は「元気」なほど、数や金に裏付けられているのだから。それを大小無数のリトルトーキョーであったり、その陰画と言ってもいいだろう。

そんなこんなで、地方にあってそれを語ろうとすればすぐさま自分というものに、より矮小化されて跳ね返ってくる。じゃあみんな「地方の魅力」を発信すればいいじゃないか、と言われる。その通りだろう。誰に向けて語るのかということは、すこぶる合理的なことだけれど。

でも「どこでどんな方が」という分からなさへの想像は、じつはそのような合理性とはことなるけれど、どこか書くことや考えることの射程を、もっと伸ばしてくれるような気がするのだ。

だからこうして、取りとめもなく当てもなく書き綴っているのです。どうぞこれからも、お付き合いいただければ幸いです。

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