元村正信の美術折々|2016

明日なき画廊|アートスペース貘

2018/5/23 (水)

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「日本アート市場」のゆく先


5月19日付 読売新聞夕刊1面とweb版の「YOMIURI ONLINE」で、『アート市場育む 先進美術館』と題する
記事が載っていた。

これは政府が、日本国内の美術館や博物館の一部を「アート市場」活性化に先進的な役割を果たす「リーディング・ミュージアム」として指定する制度を、来年度にも実現することを目指すものだという。

その約1ヵ月前、4月17日の「未来投資会議 構造改革徹底推進会合」(内閣府に設置、議長:内閣総理大臣)において、文化庁から『アート市場の活性化に向けて』と題する資料(13ページ)が提出されている。読売新聞の記事も、ほぼこの資料に沿って構成されたものだ。文化庁もすでにその中で「日本のアート市場(美術品)」という言い方をしている。これまでは「美術市場」と一般的にいわれてきたが、公的にも「美術」ではなく「アート市場」という表記が採用されたことになる。「アート」という言葉は、よりいっそう啓蒙され拡散していくことだろう。

この「リーディング・ミュージアム」という新たな制度は、拠点となる美術館や博物館への国からのさらなる補助金交付や体制強化によって、国内市場の成長戦略を「アート」によっても活性化させようとするものだ。

昨年の世界のアートマーケットの規模は、約7兆円ほどだがその内、米国の42%に中国、英国を含めてすでに83%を占めている。ちなみに日本は1%以下である。政府がなぜこの国の「アート市場」拡大に躍起になるかが分かるというものだ。

だがそのことよりも、問題は「リーディング・ミュージアム」に指定された美術館や博物館が、はたして先験的にどう「変わる」のかということだろう。新たに導入される制度は、既存の所蔵品の再価値付けをし、残すべき作品を判断しながら投資呼び込みのための売却作品を増やしていくという。

これまで美術館や博物館は、それぞれの館の方針によって体系的にコレクションを形成し、それを基に全ての
活動、つまり作品の収集、保存、展示、調査研究、教育普及などが有機的に運営されてきたはずだ。こんなことは美術家の僕が言わなくとも、美術館や博物館の関係者なら当たり前のことだろう。

だがいま、その〈根幹〉が揺らごうとしている。積極的に既存の作品を再評価し売却するための制度によって。新たな成長戦略、構造改革、規制緩和は、「アート」を巡る個人、企業、美術館やギャラリーそして市場を還流するようにして、すべての「作品」という「商品」を経済価値で格付けしていく。

その「成長」の先で、この国の「アート市場」の規模は、はたして世界市場の「1%」以上になっているのだろうか。そのまえに日本の美術館や博物館が〈崩壊〉していないことを祈りたいものだ。

2018/5/15 (火)

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美術折々_147

いまも僕の手許で

1975年7月、日本橋本町にあった田村画廊での初個展からこの夏で、43年がたつ。
真木、田村、駒井の各画廊そしてその主人で、恩ある山岸信郎氏(1929-2008)もすでになく、
この国の「現代美術」が崩壊してからも約20年余という時間を含め、僕のなかでは過ぎたことになる。

いわゆる「現代美術」から出発した僕にとっては、たとえ「1970年代が不毛の時代であり、1980年代は不毛ですらない時代」(藤枝晃雄)であったとしても、《美術/芸術》を問うことと《作品》をつくることはつねに同義であったし、これはそれ以後もいまも変わりはない。

ただこの21世紀に「ポスト現代美術」と呼べるものがあるかどうかは分からないが、「現代美術」なきあとの、ものみな「アート」という時代にあっても、僕は制作をとおして《作品》というものの成り立ちの際どさや
危うさを、いつも確かめるのだ。

ながいあいだ、少なくはない作品を作っては壊し捨て去ってきた。むろん買っていただいたり、収蔵して頂いた作品もあるし、今も倉庫に眠ったままのものもある。その中でも下記にUPした写真の作品は30歳の時のものだが、発表もせずになぜかいまも僕の手許にずっと離れずある一点だ。
いつも楽なことなどなかったが、苦ばかりをともにしてきた作品なのである。

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元村正信 「無題」 1983年 制作(未発表作品) 
          木・枝 size : 19.5×21×62cm

2018/5/9 (水)

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美術折々_146

どれもが「作品」であり 「作品ではない」時代に

5月7日(月)付 日本経済新聞夕刊文化面に『商業とアートの境目薄れる 広告写真、作品になる時代』と題して最近注目される広告写真家たちの “ 作品性 ” に焦点を当てた記事が載っていた。

コマーシャルをいまだ「商業」といいながら、一方でちゃんと芸術を「アート」と言うその表記のアンバランスさに、思わず苦笑いしながら読んだ。見出しの通り、その両方の“境目”が薄れつつあると言うリポートである。

だがコマーシャル、広告だからといってそこで起用されるクリエイターたちに、そもそも作家性や作品性がないことはない。ただその名が表に出ないか逆に強調されるかの違いにすぎない。無名か有名か、新進・若手か、
ベテラン・キャリアかの違いはあっても、作り手としてのクリエイターがそこにいることに何ら変わりはない。

コマーシャルとアートの境目が薄れるという。だとすればその先にあるのはコマーシャルもアートでありアートもコマーシャルであるような、区別のつかない世界だということになる。コマーシャルは営利目的のためのメッセージで、アートは非営利で自由な表現の方法であるというような区別はすでに錯誤であり、とっくの昔に破綻している。現在ではコマーシャルが非営利的に表現されることもあるし、アートが企業利益のためのフロントに積極的に起用されるそんな時代である。

確かにいま世界はそうなっている。「アート」の定義や概念を問うことを宙吊りにしておけば、曖昧にしておけば、「アート」は何にでもなれる。それがコマーシャルでもスポーツでも、福祉でも農業でも金融でもいい。
何とでもコラボはでき、何にでもなれるはずだ。オリンピックがいい例だろう。アマチュアスポーツの祭典が
いつの間にかプロ化し、商品化し金融化した。アマチュアとプロの境目はすでにない。ただ〈能力〉の〈表現〉の違いがあるだけだ。

ではなぜ、いま「作家性や作品性」がもてはやされ、クローズアップされるのか。それは広告も写真もデザインも、「アート」になったからだ。広告のクライアントである企業自体も、「作家」であり「作品」と同格になったからだと僕は思う。だから顔は、ネームバリューは、ブランドは、前面化しまた全面化するのである。

企業というものが芸術家にもなった時代だということは、そこではこれまでの「芸術家」像はほとんど崩壊したことになる。あの村上隆の『芸術起業論』と同じように、一人の人間がアーティストと名乗ってみたとしても、企業そのものの生産や経済活動もまた、アーティストあるいはアーティスト集団と名乗れる時代においては、
同格、同じなのである。

つまり《作品》という概念もまた崩壊してしまったと言うべきだろう。それ自体が個のどんなに純粋な意志と
思考のもとに作られたとしても、いったん市場という社会に持ち込まれたとたんにその自律性は、熾烈な経済
活動の力に腐蝕され続けることになる。いやそのような市場の力に背を向ければ、このグローバルな資本主義のもとでは金(カネ)など稼げないことが誰しも分かっているからだ。だからこの記事の見出しの「作品になる
時代」というのは、逆に〈作品にならない時代〉と言うことでもできるだろう。

それは僕みたいに都市の喧噪の中を右往左往しながら、異境のような場所で日々暮らしていると思っている一人の制作者ですらそうなのだ。じぶんで絵を描いていながら、作品を作っていながら、同時に「作品」というものの概念の崩壊を実感するのである。

すでに、なんでもが「作品」であり「作品ではない」のだとするのなら、いや「商品」でも「遊び」でもいいのだが。私たちはそれらをどう表現し、どう区別すればよいのだろうか。あるいは区別できるのだろうか。そこにある正体、何か得体の知れないものについて、僕はさらに想像をたくましくしたいと思う。その力をもって
《作品》というものを問いつめたい。それを腐蝕しようとするあらゆる疑惑に虚偽に抵抗したいと思う。

だれもが写真を撮れる、作品をつくれる。これはたしかに幸福なことかも知れない。それが不幸なことではないにしても、ただ僕はそれが〈幸福〉だという意味を考えるのだ、《作品》をつくりながら、その無力さをも。

2018/5/3 (木)

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美術折々_145

ありふれた〈風景〉の未踏の先に

いまアートスペース貘で開かれている、小島拓朗の個展「landscape」。

小島は、ことし3月に佐賀大学大学院を修了したばかりの24歳。作品はいずれも木製パネルに綿布、白亜地、
油彩で描かれた絵画だ。タイトルの通り「landscape」、風景を描いたものである。見られた方はむろん、
DMや画像等でもわかると思うが、画面はみな大小のビルが建ち並ぶ風景を場所や視点を変えながら俯瞰し、
それらを切り取るように描写したものだ。

ただここに描かれているものはどれも例えば東京や香港、ニューヨークといった膨張し続ける巨大都市の超高層ビル群ではない。むしろ日本の地方の中核都市ならどこにでもあるようなビルが密集した光景なのだ。つまり
大都市のスタイリッシュな華やかさやエネルギッシュな賑わいとは異なる、穏やかさあるいは静けさや寂しさ
さえ画面には漂っている。いま現にそこで人の営みは繰り返されているはずなのに、どこか抜け殻のような都市の「風景」なのである。

もちろんこの不気味な静寂は、生きものがつまり人間がまったく描かれてはいないこととも無関係ではないの
かも知れない。おそらくこれらの絵画は、自らが撮った写真をもとに描かれていると思われる。いっけん細部にわたる写実的な手法ではあるけれど、むしろこの若い画家の試みは、徹底してリアリズムを追求しようとするのではなく逆にそのような方法とは距離を取りながら、そのリアルさを否定的に描いているかのようにも見える。

だからそこには虚実を巡る、ある種の不均衡や不安、不穏というものが現れてしまっているのではないか。
言ってみればここにあるありふれた風景の隅々にまで〈虚構〉は充ちているということだ。それは取りも直さずこの時代の〈空虚〉さを、この若い画家が鋭敏に感受しているということでもあるのだろう。

それらの風景を小島自身は、私的ではない「匿名の風景」という。ではここにある「風景」は、いったい誰の、だれにとっての風景なのだろうか。この風景を見ているものが特定されない、だれが「見た」のかは明らかに
されない。

では彼はどこにいるのだろう。この「風景画」を描いたのは、確かに「小島拓朗」でありながら。おそらくここでの「匿名の風景」は、どこにでもあるなんの変哲もないありふれたビルの密集を、だれもがどこからか見て
いる風景だということになる。

だからそのことが〈空虚〉なのだ。だれもがどこからか見ているという経験。しかし誰もが見ていながらだれも見てはいない。それが「私」でなくてもよかったのなら、この私はいったいどこにいるのだろう。華やかさも
なく賑わいからも取り残される都市というものの寂寞感が私たちを包み込む。もしかしたらここに広がっているのは、ひとの体温を欠いた廃墟なのだろうか。

これらの絵画を「そのリアルさを否定的に描いている」と僕は先に言った。だがそれを彼自身がどこまで自覚的にそうしているかは分からない。しかし彼の絵はそう思わせるほどに、リアリズム批判をはらんだ絵画の可能性を予感させるのだ。

できうればこの若い画家が俯瞰しようとする〈風景〉が、私たちが いまだ見たことのない、未踏の絵画として
描かれんことを。
                                   (同展は 5月6日[日]まで)

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