元村正信の美術折々-2016-06

明日なき画廊|アートスペース貘

2016/6/25 (土)

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美術折々_59

いったい何が、ほんとうに 「ひどい」のだろうか

「東京もひどいけど福岡の状況は特にひどいね」と、福岡のある画家が新聞記者に語ったという。

僕は直接聞いた訳ではないので真意の程はわからないが、どうやら「福岡市が文化・芸術に予算を使わなく
なったことを批判」してのことらしい。本当にそうなのだろうか。では、例の福岡市美術館のリニューアル
「予算」は、どうなるのか。

何度も言うが、このリニューアル経費と向こう15年間の民間運営費を合わせた落札額、99億8800万円超の金はどうなのか。これは民間を通した「借り入れ」ではあっても明らかに福岡市の、市民の、文化・芸術「予算」であることに違いはない。論議されるべきは、このようなPFI方式が採用されてしまった以上、福岡市美術館の
リニューアル後に、どう影響を及ぼすのかということではないだろうか。

確かに、新しい市民会館や市科学館を含めた施設の新設に金をかけてばかりのいつもの「箱モノ」事業への批判はあるだろう。厳しい財政状況は福岡市も例外ではない。さまざまな「規制緩和」という名のもとでの、行政にかかわる運営への民間事業者の参入は、極論すれば「予算の民営化」とも言える。つまり経費の調達を民間事業者に委託し、そのかわり運営をも任せるということだ。

そういった「予算」の使われ方は、すでに「福岡市が文化・芸術に予算を使わなくなった」などといった、素朴な次元の問題ではなくなってしまっているのだ。もっと問われるべきは、文化・芸術の、運営や事業方法、その内実なのではないだろうか。

これもよく聞くことだが、「福岡の状況は…」という言い方がある。僕にいわせれば、「状況」などどうでも
いいのだ。美術の状況をいうなら、福岡を拠点に活動する作家たちが、まず個展をし、発表をし、発言を繰り返せばいいだけのことではないのか。もし福岡が駄目なら、東京もあるし、日本が駄目だと言うなら、海外へ出て行けばよいだけの話しだ。

かねてから、さも「福岡のアートシーン」や「福岡の現代美術界」などといったありもしない幻想を語り、
それらがまるで「在る」かのような錯覚を吹聴する作家や関係者がいることを、僕は知らない訳ではない。
いったい何が本当に 「ひどい」のかを、教えてほしいものである。

自らの足もとを省みない作家に、「状況」など無縁のものではないのだろうか。いかがだろう。

2016/6/19 (日)

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美術折々_58

六月の、「博多」のある風情

梅雨のなか、博多の町のあちこちでは「博多祇園山笠」の飾り山の山小屋が建ち、飾り付けも始まった。
もうすぐ七月一日も近い。そして「かき山」も始まれば、この町は「追い山」に向け、いつもとは異なる賑わいをみせる。

僕がかつて下呉服町で仕事をしていた頃。ずいぶん「山笠」を間近に見聞していた。特に御笠川に沿って下呉服から中呉服、上呉服町そして御供所町へと続く通りは、かき山笠が駆け抜ける順路の一部で、またいまも多くの寺が点在する寺町であり、そして旧職人町でもあり、細い路地のそこかしこには下町の風情がまだ残っている
ような界隈である。

その下呉服と中呉服町の御笠川寄りの辺りは祭りの間、かき山七流のひとつ「恵比須流」の山小屋と各町の詰め所もあちこちに建つ。ただこの恵比須流だけは、他の流よりひと月も早く、つまり六月一日に注連下ろしをする習わしがあり、この日に、かき山行事の初日を迎えることになる。夏のまえの、肌寒さもまだ交じるころだ。

それは梅雨入り少し前の、朝の舗道。カラン、コロン、カラン、コロン…と少し控えめな下駄の音が、一年振りに聞こえてくる。長法被を着た当番町の男達だ。この六月初めの下駄の響きには、まだ勇ましさはない。むしろ物哀しささえ帯びている。勇壮といわれる博多祇園山笠のなかで、僕がもっとも男達の哀愁を感じるときで
あり、静かな音(ね)の色だ。

この下駄の音も、七月に入り「お汐井とり」から「流れがき」をへて「追い山笠」直前になると、不思議なほどそれは高鳴り、時に蹴るように荒々しくも聞こえてくる。ひと巡りの眠りから覚めたものたちが、やがて心身の覚醒へ、勇壮へと纏められていくのだ。

下駄の音(ね)は正直である。履く主(ぬし)の心情を、町々にも伝えて行くのだろう。

それと僕がみた「山笠」には、もうひとつの物哀しさがあった。それは「山笠」と山をかく男達の関わり方で
ある。幼い頃からずっと続くもの、青年や大人になってから加わるもの、志願したもの、誘われたものなど、様々だ。ただ、ずっと続けるもの、いや正確に言うなら、ずっと続けられるものは以外とすくない。たしかに
若いかき手のみが持つ、美しさやからだから放たれる勢い、力強さはある。だが「続けられる」というのは、
何も年齢や体力、時間のことだけではない。

何が言いたいかというと、つまり「生きて行くということ」の難しさのようなもの。仕事をしながら、山笠をもこなすのはもちろん大変なのだが、それよりも、じぶん自身のことや、彼女、妻、子ども、親のこと、友達の
こと…他にも一杯あるだろう。もっと言えば、自分を含めた自分が関わるものたちの「生と死」の、いわば人生の屈折のありようなのだ。

なにも起こらなかった、というのはきっと嘘なのではないだろうか。それをごまかすか、隠すか、諦めるか、
どう処すかによって次に進むべき路は、おのずと決まるはずだ。「生きて行くということ」は、この「山笠」の夏の、ずっとずっと向こうにあるものなのだから。

だから、たまたまずっと続けられるというのは、山をかく男にとってきっと幸せなことなのだろう。また一方で、山から離れる、離れざるを得ない男の哀しさ寂しさは、ひとり遠くから眺める山笠にもあるのだ。それは
同時に山をかく、かき手たちの背中にも、からだの中にも滲み込んでいるからに違いない。それが、僕がみた
男達のもうひとつの物哀しさなのである。

あの六月の、始まりの下駄の静かな音(ね)の色はまた、祭りの後の、けだるい寂しさの、音(ね)の色にも
どこか似ていた。

2016/6/8 (水)

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美術折々_57

労働と生存をめぐって

6月6日(月)付 西日本新聞朝刊「国際・総合」面の[ジュネーブ共同]からの配信記事は、5日に行われた
スイス国民投票の結果を小さく報じていた。

この投票は、国民全員に最低限の生活ができるだけの一定額を毎月(大人ひとり約27万円)支給する、
いわゆる「ベーシックインカム」制度(最低限所得保障の一つ)導入の是非を問うものとしては、世界初の
国民投票である。地元メディアによると反対が76.9%で賛成を大きく上回り否決されたという。

スイス政府は、膨大な予算不足が見込まれることから反対を表明。経済界も「労働意欲がそがれる」と
反発していたらしい。

この予想された否決という「答え」は、私たちにとって「労働と生存」の一体的関係が、現在の資本主義社会の隅々にまで深く根を張っていることの証しでもあるだろう。それは逆に、労働しないことを選択した者、拒否
する者は、自らの生存が脅かされることを意味している。それほど個人の労働という「所有」は商品化され生活化され、労働と生存の、生命の関係は表裏一体となって当然のごとく啓蒙し尽くされ、充分に社会化されて
しまっているのである。

ネグリとハートがいうように、やがて「労働時間と非労働時間との区別が成立しなくなり」その結果、私たちの生存はおそらく全面的に労働化するはめになるだろう。では、労働と生存の「切断」は不可能なのか。
働かなくても生きていける社会の実現など不可能なのだろか。

すでにIT化や人工知能の進展によって人間が担ってきた近代的労働は、つぎつぎに機械化され無人化され、
非物資的に外部化され続けている。そのことは、限りなく人間自身の「労働」を不用とし、廃絶される方向に
あるということでもある。皮肉なことにマルクスが夢想したように。
ただ、「労働」の不用、廃絶は同時にまた、私たちの「生存」にも向けられていることを知るべきだろう。

では、「芸術」にとってこの「労働と生存」は、どう受けとめられているのだろう。
これはまた改めて触れてみたい。

2016/6/1 (水)

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美術折々_56

あらかじめ失われた「自己」

革靴、シャツ、枕、下着、女性、人形などの〈モノ〉が、どれも紙に黒のコンテで、リアルに描かれている。

武田総章展 「身体考」のことだ。そのほとんどが、雑誌のグラビア写真をモチーフに描いたもの。
どれもみな「日々大量に生産され、消費されていくイメージとしての身体」だと作家はいう。あえてその色彩を捨象したモノクロームの単一性が、かえってフェティックさを強めている。

たとえば男性ものであろう革靴。きちんと揃えられた新品の一足の靴が、上から見おろすように描かれている
それだけの「絵」である。私たちの欲望を〈触発〉する商品としての靴を引用しそれを描くことで、武田は、
あふれる「欲望」というものをもういちど突き放し、冷徹に見つめ直そうとしているのだろうか。

武田総章は2年前の個展で 「風景考」と題して、やはり紙に黒のコンテで、身近かな「風景」を遠近感をもって
リアルに描き出していた。それらの風景は、当たり前のように思われ、広がっている既視感や日常の光景というものへの疑い、疑念として捉えなおされていたように、僕は記憶している。

今回の 「身体考」でもそのような問いは、私たちの「社会の関係性の網目」に浸透し食い込み、なおかつ捉え
どころなく浮遊し続ける「イメージとしての身体」あるいは「物」そのものへと向けられているように思える。それは同時に、そこからこぼれ落ちていく 生身の「私という身体」の欠落やそれらとの乖離といった、
否応なく私たちが抱かざるをえないある種の「不全感」でもある。武田はこれらの〈モノ〉を通して
「不在の身体」を描きながら〈私と身体〉という、いわば鏡像関係をも描いて見せてくれたのかも知れない。

そう、あのランボーの名句 「私はひとりの他者である」という言葉。そしてそれを引き出しながら、さらに
ラカンは「人間の欲望は他者の欲望でもある」と明言しているではないか。

武田が描いた一足の靴は 「私のもの」でありながら当然「他者のもの」でもあるのだ。なぜそれが可能なのか。これはなにもシェアし合っているからではない。なぜならそれは靴が、武田がいう「イメージとしての
身体」性を担っているからである。自己は他者によって担われているからこそ、どこまでも靴は鏡像である
ことによってフェティッシュなものともなり、消費されるイメージともなりうるのだ。

最後に、武田の今回の作品の中からもう一点紹介しておきたいのがある。それは横たわる少女のような人形を
描いたものだ。この虚無と空虚に充ちた美しさは一体なんだろう。血のかよわぬ冷たさをたたえた身体。
おそらくこの少女も、靴と同様に、いやそれ以上に虚ろな鏡像なのだ。だから私たち見る者は、他者は、この
描かれた少女像の中に失われた身体、つまりそれぞれの〈自己〉を見いだすのではないだろうか。

だが誰よりもずっとまえに、武田総章によって、その「身体考」によって、これらの〈モノ〉たちはすでに
見いだされていたというべきか。



        [同展は、6月5日(日)まで福岡市中央区天神の「ギャラリーとわーる」で開催]

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