元村正信の美術折々/2016-02-03

明日なき画廊|アートスペース貘

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美術折々_38
 

立春のまえの、節分の夜

きょうは節分。日本ではこの日までが一番寒い時期とされて来て、あすの立春を節目に寒さもすこしずつ
和らいでくるという、暦の上ではそんな日である。とは言ってもまだ二月初旬、春一番が吹くまでには
もうすこしあるが、寒風にあってもきょうのような晴れ間の陽射しは、心なしかまぶしさも感じた。


二月といえば20代の半ば。当時、僕は実家を出奔し小さな木造アパートで制作をしながら暮らし始めていた。
左隣りの世帯には30代位の若い夫婦と子ども二人の4人家族が住んでいた。会社勤めで税理士志望だという細身の旦那は、いつも物静かでおとなしく目立たず実直で、逆にその女房は小太りで姉御肌の、いつも大声で小さな
子どもらを叱り飛ばしては豪快に笑うような、そういう対照的な夫婦だった。

こうして節分の頃になると、いまもその旦那のことが決まって想い出される。

当然、節分であるから寒い夜だ。夕餉もすませた、つましい一家団欒を切り裂くように、突然2階の窓が
開け放たれ、あたり構わぬ大声が粗末な瓦屋根に弾け、冬の夜空に響き渡ったのである。

「鬼は〜そと〜!!」、「鬼は〜そと〜!!」、「鬼は〜そと〜!!」 ……。
そう、あの旦那の、声だったのだ。僕は、彼の日常との余りの落差と同時に、この勇敢な叫び声に感動して
しまった。家長とはこうあるものゾ、とでもいうような自信にみちた響きと、その亭主の聞いたこともない太い大声が放つ存在感に。

そうして一夜明けた、立春の寒い朝。一切何事もなかったかのように、細身の旦那は静かに仕事に出ていった。
そしていつもと変わらず子どもらを叱り飛ばす女房の声が、木造アパートにこだましていたのだった。

そんな旦那の大声は後にも先にも、節分の日の、この一度きりだった。立春の前の日のことである。

あの家族の節分は、今もどこかで続いているだろうか。それとも、もう巣立ったであろう子ども達にとっての「節分」は、遠く離れた父を想う懐かしい「語り草」となっているのだろうか。

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