…………………………………………………………………………………………………………………………………… 美術折々_207 ~ 絵画ならざるもの[その三] ~ 矩形(くけい)。すべての「角」が直角である四角形。 余りにもありふれた重力と強度の苦しみの下で。ながいあいだ散々耐え抜いてきたというのに。 これほど光は、いつだって窓を境にその内と外に溢れるているのに。 それでも〈窓自体〉が、光によって成されたことなどない。 だから〈矩形〉もまた同様に。それ自体でみたされることが、いつの日かあるのだろうか。 だから〈絵画〉は、その矩形の完全なる悲嘆の内側で、芸術の名の下に幾億と描かれてこれたのだ。 はじめから矩形は空洞だった。空洞ゆえに、自らが受けとめる重力と強度の苦しみに。 限りなく蒼白でありながら。それだから絵画は、さらに何かをそこに描きた足そうとするのか。 厚顔無恥なるものの欲望の果てのありよう。 それでもこの矩形という万物の、青青とした永遠の苛立ちを 絵画というものはいまだわかってはいない。 絵画というものは、いまだわかってはいない。 なぜなら。矩形とは、絵画そのものの見えない支持体でありながら 絵画からもっとも遠い感情の源泉だということを。 ~ #lightbox(rectangle_0085.jpg,,67%)