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美術折々_198
絵画ならざるもの[その一]
かつてここに〈海の家〉があったという。
見えない漁船の油と、海草と、そして肌をさす潮の、交じった匂い。
僕たちのあおじろい夏のはじまりは、いつもここからだった。
きみは少しづつ膨らみかけた胸いっぱいに、その複雑な匂いを吸っては。
僕などよりもずっと遠くを見つめていたのだ、その空洞のような眼差しで。
でも閉じた扉しかなかった〈海の家〉が、いつ無くなったのかは知らないが。
僕たちがいつもその家を背にしてただ沖だけを見つめている間に。
〈絵画〉というものは、〈絵画ならざるもの〉に目覚めていったのだった。