…………………………………………………………………………………………………………………………………… 美術折々_226 ~ 保証なき芸術の痛切さ ~ 8月21日(水)付 朝日新聞朝刊は、全10段のスペースを割き「不自由展中止いま語る」と題して、あいちトリエンナーレの芸術監督・津田大介へのインタビューを掲載していた。もちろんこの異例の大きな扱いは、津田が同紙の論壇委員を経て現在、論壇時評の筆者でもあることと無関係ではないだろう。多くの不当な抗議や妨害、脅迫そして介入によって企画展中止に追い込まれた現在。一読して、身動きできないでいるいまの津田の立場とその苦悩は分からなくはない。 同トリエンナーレの「コンセプト」を読まれた方もいるとおもうが、そこでは「感情」で拒否する動きに対しそれを打ち破ることができる力としての、「本来の『アート』」を主張している。その末尾を津田は「われわれが見失ったアート本来の領域を取り戻す舞台は整った」という言葉で結んでいる。皮肉と言えば皮肉だ。開催を前に文字通り舞台は一応整っていたのだろうが、そこでの表現は3日間で挫折を余儀なくされてしまった。 しかし「アート本来の領域」、「本来のアート」とは何なのか。そこでは「『アート』という単語がすなわち『芸術』や『美術』という意味に変容していくのは19世紀以降の話である」と説いている。もちろん「本来」とは西欧近代以前の、artさらに遡ればarsを指しているのだが、日本という近代では逆にartの翻訳語である『芸術』や『美術』が、たかだかこの25年の間に、そのartとは掛け離れた『アート』というカタカナ言葉に 変容したのである。僕から言えば、われわれが二重にその屈折をへて見失ったのは「アート」ではなく「芸術」や「美術」の方なのである。もちろんこれは、あいちトリエンナーレだけのことではない。 今ではこの国の表現が、カタカナのなんでもアートへと〈総表現化〉したのである。そして今回「表現の自由」はこの総表現化した市民たちからの不当な攻撃にあった。つまりここでも互いの「感情」の表現は二分されているのだ。いやすでに対立として分断されているのかも知れない。今回の問題を、多くは「表現の自由」が守られるかどうかを問うている。海外からの参加アーティストたちのオープンレターもそうだろう。 だが僕は、ここまで問題が大きくなったのは曖昧な「表現の自由」のみにことが焦点化されたからだと思う。 そもそも「国際芸術祭」であるはずものが、つまりそこで「芸術」というものが正面から何ら問われなかったからだと考える。企画展「表現の不自由展・その後」を、「表現の自由」としてのみ擁護するのではなく「芸術の問題」として、釈明し反論し跳ね返すべきなのだ。ではこの芸術祭で「アート」は、どう問われているのだろうか。裏返せばアートの無力さであり、自由というものの無力さである。いや表現の無力と圧力という表現がそこにある。じつはその意味で、「芸術の問題」と「表現の自由」は対立すらしているのである。 この芸術祭が、「芸術」というものを一度も問えないまま、いくら表現を自由を持ち出しても「中止」への拘束は解けない。いまも閉鎖されたままの「表現の不自由展・その後」の会場の壁に、いちど針ほどの穴を空けて不自由な鑑賞をだれもが体験できるようにしてみてはどうだろう。「針の穴」を通してしか見ることのできない表現を、不当な抗議を仕掛けたものたちはどう思うだろうか。しかしそれでも〈芸術のみが持つ痛切さ〉が伝わる訳ではない。なぜなら芸術の理解を、芸術を保証するものなど未だどこにもないからである。 この芸術祭が、「芸術」というものを一度も問えないまま、いくら表現を自由を持ち出しても「中止」への拘束は解けない。僕は思う。いまも閉鎖されたままの「表現の不自由展・その後」の会場の壁に、いちど針ほどの穴を空けて不自由な鑑賞をだれもが体験できるようにしてみてはどうだろう。「針の穴」を通してしか見ることのできない表現を、不当な抗議を仕掛けたものたちはどう思うだろうか。しかしそれでも〈芸術のみが持つ痛切さ〉が伝わる訳ではない。なぜなら芸術の理解を、芸術を保証するものなど未だどこにもないからである。 ただ芸術は不当な抗議を無効にする。