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美術折々_21
届けられた「展評」
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10月11日、画家の安部義博氏から「貘」宛に、元村正信展について書かれた「展評」が郵送されてきた。
じつは僕は、安部義博氏とは面識がないし、お話をしたこともない。ただ、安部氏がこの4月にアートスペース貘で個展をされ、その時に見た感想などを、勝手にこのブログで書かせてもらったことはあった。
その安部氏が今回の元村展を見て、丁寧な批評を書いてわざわざ送って下さったのだ。
僕は、その全文をこのブログ上でもぜひ読んでもらいたいと思い、貘の小田律子さんを通じて掲載の了解を
得た。
安部義博氏の評が、僕の考えていることや作品と、どのように重なりあるいは違っているのかは、いつかお会いできることがあればお話ししてみたい。
今は、元村正信展をすでにご覧になった方や、このブログを読まれる方々に、氏の展評を委ねてみたいと思う。
(なお、安部氏の原文では改行の際に段落をとっておられるが、このブログの体裁上、読みやすさも考え、
元村ひとりの判断で行間を1行開けることで改行を表記することにした。ご了承下さい。)
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元村正信展を見て
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元村正信の絵を見る者は、その時の気分や意識の在り様によって、心の中にそれぞれ違った像を映じているのではないだろうか。というのも暗い階段を上がり、アートスペースのドアを開け、壁に並べられている絵をパッと見た時の印象と隣のカフェでしばらく休んで戻って見た時の印象が、あまりに違っていたからである。
何故だろうという気持ちで、あらためて絵を仔細に観察してみた。描かれている物達は原型を留めているものの、異形のフォルムによって構成されている。
人間を思わせる形もあれば、葉や茎、実などの植物を連想させる形もある。ただの抽象の形もある。人を思わせる形がいくつかの画面の中央部に寄っている絵では、目や耳の存在を確かめることができない。夢だとか、幸福などを感受する機能が、そこでは必要ないのかもしれない。色々な物達がほの暗い光の中で、みずからも発光し、互いに関係をもちつつ、息づいている。私にはそれらの物達は特別な感覚や神経を備えていて、静かに自分達が属する世界の意味を探っているように思えて仕方がない。
この世界に限りがあるか、それとも無限であるのか。感情は大した内容がなく、現象ですら無いこと。周囲を
深い沈黙と永遠が支配していることなど………
私が元村の絵を見てまず感じたのは、絵画はいよいよここまで来てしまったかという率直な驚きである。坂本
繁二郎翁が若い野見山暁治のろくろをモチーフにした絵を評して、絵は真・善・美であると諭したことを本で
読んだ記憶があるが、元村の絵はそのような倫理観を遥かに跳び越えてしまっている。
特筆すべきは、この絶望的で異様な世界を元村がしたたかな技法で表現していることである。ここで技法というのは画家が自分の意図するものを確実に具現できる手段と言ってもいいだろう。
まず絵を見る者の目は、元村の目論むように緩やかな動勢に乗せられて、画面の中に誘い込まれる。そこには、いくつかの物が、位置関係や強弱の関係を吟味し、実にたくみに、そして、自然に配されている。色彩は渋めで、微妙な諧調があり、発光しているようにも見える。マチエールは硬質で厳しい。とりわけ輪郭の表現に画家は神経を傾注させたようで、ニュアンスのある筆致で描き分けられていて、そのことによって空間は実在感をもって緩やかに広がっている。
この説明のつかない内容とその世界を、確かな方向性を持って、時に悦びさえ感じながら描き進めて行き、その所産は極めて魅力的で美しいという事は、私には背反することに思えるのだが……また、そのことが元村の絵に不思議な奥行きを与えているのであろうが……
絵画を抽象とか具象という概念で理解しようとする作業は、すでにむなしい。むしろ、抽象的であるが、極めて具象的でもある方が、また、その逆の方が、価値観の多様化した現在を表現するにはふさわしい手段といえるかもしれない。そのような意味でモンドリアンやカンディンスキーは遥かな古典であり、パウル=クレーには現代
と近似した要素が見いだせる気がする。しかし、パウル=クレーと元村正信の絵はあまりに違う。この違いは
背景である現在という時代を、今、生きて呼吸をしているか、いないかの違いではないか。
長い進化の結果としての人間の精神を読み解くには、まだとんでもない切り口が用意されている? 今回、元村
正信の絵を見て、そんな可能性を考えた。元村本人はそんなオーバーなことを言わないでくれ、ただ素直に率直に関心のある内容を表現したまでだと、吹き出すかもしれないが………
平成27年10月8日 安部義博