元村正信の美術折々_bak のバックアップソース(No.5)

美術家・元村正信氏に、アートスペース貘で見た展覧会の感想や
 折々の事などを、美術を中心に気の向くままに書いてもらいます。    artspacebaku

美術折々_01

 はじまりに

  今回から「貘」のサイトの中に『元村正信の美術折々』というメニューのひとつを任せて
 頂くことになった。「日記」ではないので、毎日更新という訳にはいかないが、
 アートスペース貘で毎月見る展覧会の中からの感想を中心に、ギャラリー右奥のカフェ
 「屋根裏貘」のカウンター越しに触れた人間模様、あるいは日々の思索や好きな散歩の
 折々にすれ違った光景など、時には写真も交えながら、気の向くままに不定期ではあるが
 すこしづつ綴って行こうと思っている。
 
 たまには、息抜きがてら覗いていただければ幸いです。
                                          元村正信
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 美術折々_02
 
 大塚咲X夕希 展

 ちかい春の風がまじった昨夜とは違って、寒かったきょうの昼下がり。
 屋根裏貘のカウンターで、初めて来たというひとりの少年と出会った。
 
 彼はひとつ置いた左の椅子に腰を下ろすなり、「ブラック」といった。
 懐かしい響きだ。
 ブラック。もちろんコーヒーのことであるが、
 つまり砂糖はいらないという注文のしかたである。
 こんなオーダーの仕方ができる少年が持つ、懐かしさ。

 そのまえに、僕は隣りの貘のギャラリーで、130点程もあろうかという
 ふたりの女の吐息に充ちた生々しい写真の「熱」に接したばかり…。
 初めて会ったこの色白の華奢な少年と、彼が吐いたブラックのことばの響きを、
 当然その写真を見てきたであろう彼と、女たちの艶かしさを
 重ねずにはおれなかたのだ。 
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 美術折々_03
 
 大塚咲×夕希 展_のこと

 前回、じつはほとんどこの写真展のことに触れていないのに気づいた。
 つい少年との出会いに気を取られてしまったようだ。
 だから、この展覧会「MEME」のことも少し。
 
 ふたりの女のみを被写体にしたフルカラー作品。
 それぞれのセルフポートレートが含まれてもいるが、
 写真家・大塚咲の写真展といってもよいだろう。

 濃密な吐息、噛みころすような声、火照った肌に滲み出す汗、虚ろな瞳…。
 じっとりと湿った、粘着質のものがそこかしこに溢れている。
 すべては終ったのだろうか。
 
 不在の女、あるいは男。ふたりの女に迫ったものの性そのものの不在。
 いや、ここでは性の根拠そのものが見えないのだ。

 朝霧にくるまれるように、いまも雨は降っている。
 水辺の情景はすでに霞んでいた。
 ついさっきまで愛したひとの姿が見えない。
 
 ふたりの女はいったい何を想い、旅を続けたのだろうか。
 冬も終る。そんな雨も、やがてあがるだろう。

                          
                     同展は3月1日(日)まで。