元村正信の美術折々/2020-05-01 のバックアップ(No.1)


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美術折々_270

生存権としての芸術(3)

しかしこの生存権。文化的といい最低限度といっても、何が文化で何を最低限度というのかは明確な規定や基準がある訳ではない。つまりその判断は相対的なものでしかないということだ。それでも敗戦後の日本が、戦争によって困窮をきわめた衣食住の先に求めたものが単なる生活の維持だけではなく、より「文化的」であらねばならないとする国家目標であったことは確かだろう。

僕は思う。戦後日本の〈生存権〉として最低限度の生活を営む権利の中に当初のGHQの憲法草案にはなかった「文化」という言葉が概念が挿入されたことは、これは同時に西欧近代において教育・科学とともに文化の主要領域のひとつであった「芸術」というものが、この日本においてもまた戦後の生活の営みとしての核たる生存のなかに、自覚的かつ法的に位置付けられたのだと思われる。

つまり《芸術的生存》の権利が、文化的という名においてはじめてこの国で法的に内在化されたと言えるのではないか。もちろん認定的には「最低限度の」という程度においてのことなのだが。もう75年前のことである。

ではこの「芸術的生存」は進化したのだろうか。たとえば、憲法第21条に自由権として明記された中の「表現の自由」。昨年のあいちトリエンナーレでも再び表面化した表現をめぐる自由と不自由は、国家による介入を拒否すると同時に国家は公共の福祉を理由に、ときに表現を制約しようとする。

これはアートや芸術を含む表現の自由を保障しながら、かといって無制約的に保障するものではない。何を自由とし何を不自由とするかは、法的にもつねに争われてきた。それは「自由」もまた定義できないからだ。どこまでも自由は獲得されるしかない。

その意味で「表現の自由」は、つねに闘争的である。それでは生存権としての《芸術的生存》の権利はどうなのだろう。これは社会権として国家に依拠してその実現が図られる権利であるから、むしろより親和的なのである。表現の自由においては、それが侵害されることがあっても、生存権においては各種保険・年金・福祉・衛生・環境保全等の法的具体化によって護られる「生活」の営みに、最低限度の生存が実現されるべきものであるから、少なくとも文化的存在である「芸術」もまた、最低限度の〈生存の活動〉の法的根拠として認められると、僕は解釈するのだ。

再びいうなら。「生存する」とはどういうことか。それは「いま生きているのだという瞬間を一瞬でも実感できること」だと。
しかし「芸術」が、はたして健康で文化的といえるかどうかは自信がない。むしろ時に非健康的で病み、あるいは反文化的であろうとするのかも知れない。

それでも芸術は、なぜ芸術のかたちでなければならないのか。そのようにあろうと生存し、存在し、活動しようとするのか。それを「最低限度の生活の営み」のなかで、生産である前に/必要である前に、そして表現である前に〈芸術のかたち〉を試行するものなのである。

そのような〈芸術のかたち〉は、おそらく私たちの最低限度の《生存》の根底にこそ見い出されるはずである。それが、なんの利益も経済的価値を産まずとも。