元村正信の美術折々/2019-03-04 のバックアップ(No.1)


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美術折々_196



はるかバブルを過ぎて

3月3日(日)まで 熊本市現代美術館で開かれていた展覧会『バブルラップ』は、アーティスト 村上隆のコレクションを中心に作品や陶器・道具まで約2000点で構成したもの。また今展キュレーションも村上隆自身による。

この企画についての村上のステートメントによれば、「『もの派』があって、その後は『スパーフラット』になっちゃうのだが、その間、つまりバブルの頃って、まだネーミングされてなくて、其処を『バブルラップ』って呼称するといろいろしっくりくると思います」ということからタイトルが付けられたようだ。

僕にとってはそれが単なる〈展覧会名〉だけのことなら、たとえ「スパーフラット」でも「バブルラップ」でもどちらでも構わないのだが。ただ何も知らない若い人たちが、「もの派」のあとに「スパーフラット」が来るのか、ああそうだったのかと極めて短絡的に歴史を解釈されると、僕のように1970年代中期のいわゆる「現代美術」から出発した者にとっては、それは違うんですよと言いたくもなる。さらにそのあいだに「バブルラップ」というものを敢えて挿入し命名しようとするから、話はもっとねじれてくる。

そもそも「スパーフラット」自体は2000年以降、村上隆および村上隆的な作品群が生んだ概念でありそれが一部の社会現象となって突出し、それまで衰退をたどっていた「現代美術」に代わって一気に「アート化」し、それまでサブカルチャーと言われていた表現を含め、サブカルならぬメインカルチャーにまで高めた多彩な文化企業活動でありアートビジネスだったと僕は理解している。ただそれが、日本の近代以後の美術史におけるアートムーブメントや芸術運動として価値評価され位置付けられるかということになるとそれはまた別の話だと、若い世代のために誤解のなきよう言っておきたい。

かつて「もの派」といわれる一群の作品が注目されたのは1970年前後のことで、せいぜい70年代前半までの今から約50年前ことだ。片や「スパーフラット」の登場は2000年代になってからである。では「もの派」から30年近く、この間に日本の美術には何の動きもなかったのだろうか。

たとえば1970年代末期から絵画や彫刻の復権が持ち出され、80年代にポストもの派やポストコンセプチュアルといわれ、また「ニューウェイブ」と呼ばれた展覧会や動きもあった。だが少なくともそれ以上に「もの派」を否定的契機としてそれを乗り越えようとする作家たちの「美術」への眼差しがあったはずだ。しかしだからといって、時代はそこにさらなるムーブメントや運動を必要としていたのだろうか。もはやそうではなかった。

そんな「もの派」以後から、2000年までの「現代美術」の衰退を見極めながらあの「バブル」を挟んだ間隙を、いま村上隆が『バブルラップ』という新たな「呼称」によって埋めようとすることは我田引水にならないだろうか。何もなかったものが、さもそれがまるでそこにあったかのような。いくら現在から過去に「名」を与えても歴史は巻き戻せはしない。ましてや村上が言うようにこれが日本の「戦後の現代美術を新しい視点で解釈しようとする野心的な展覧会」かどうかは、見ればわかるだろう。《戦後の現代美術》という奇妙な問いすらこの国では、真正面から問われてはいないというのに。

いわれるように日本のバブル経済期は、1986年頃から1991年前後までとされている。それを追うようにソヴィエトの崩壊があり冷戦構造は崩れ、東欧諸国は世界市場に取り込まれる。やがて1995年に国際資本は金融の完全自由化を実現した。それに呼応し、コマーシャリズムや市場化へと誘導されるかのように日本の「現代美術」は崩壊していったのである。その崩壊と入れ替わるようにして、「美術」そのものが「アート」にすり替わって行く。2000年代初頭の「スパーフラット」は、美術を無化しそこから逸脱することよってまさに「アート」として広く認知されていったのだ。つまりアートの全面化である。村上隆的にはこれでじゅうぶんではないのか。バブルはバブルであり、それ以上でも以下でもない。すべての上澄みがこの日本において泡と消えたように。その傷痕すらなかったかのように消え失せたのだから。

たとえ逆に当時のバブル経済が、日本の「美術」に大いなる停滞を、空白を、あるいは「アート」への転換を促す契機になったのだとしても、「もの派」と「スーパーフラット」とのあいだにある30年という、それも位相の異なる鮮明な「断絶」こそを、《芸術》はむしろ肯定しているのではないだろうか。

僕にとって『バブルラップ』は、そんなことを少し考えさせてくれた展覧会だった。

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