元村正信の美術折々/2015-07-04 のバックアップ(No.1)


美術折々_16

 

「わかりえない」ということ_(1)

先月、6月29日(月曜日)付の日本経済新聞朝刊文化面。
「『孫たちの戦後70年』 創作・研究の現場から」 という連載が目に留まった。

ひと口に戦争体験者の孫たちの世代(創作・研究現場にいる)といっても、おそらく上は現在50歳位から下は20歳位までの幅はあると思われる。いずれにしても、その多くは「戦争を知らない子供たち」の世代である「親」から生まれた「子」の世代のことである。

「戦争体験」の、いっさいの記憶も、風化も、そしてその継承も、いったい何と闘い、抗ってきたのだろうか、とあらためて思う。厳として闘い、抗っている人々が現にいるというのに。〈戦争体験〉というものが、たんに継承としての精神の順逆や尊い犠牲の上に築かれた〈戦争遺産〉に収斂されるのではなく、そんな体験が〈二度とあってはならない〉と誰もが叫んでいながら、その〈声〉が、なぜ今のわたしたちの日常に〈生かされて〉はいないのか。戦争体験を受け継ぐとは、そんなものだったのか。

わたしたちの今の〈日常の体験〉とは、その〈戦争〉とどう違い、あるいは違わず、つながっているのだろう。

日本の、戦後という空間の「成長」、その裏返しとしての凄まじいまでの忘却と空洞化。その無力を噛みしめ
ながら、グローバルな「富の偏在」 がもたらす、快楽と格差の皮相な程の、この充実振りはなんだろう。

やがて、この国の「戦争体験者」もほとんど途絶える時が来るだろう。それを仮に『戦後100年』 と呼ぶに
せよ。そのとき、未来のわたしたちは〈戦争体験の不可能性〉 に直面することになる。そんな時代の中で、
親と子、その「孫たち」は一体どう〈生きよう〉としているのだろうか。

長い前置きになってしまった。

さてその連載1回目に、沖縄を拠点に活動する気鋭の美術家・山城知佳子(1976年生まれ)が紹介されて
いた。

山城知佳子といえば、福岡では2年前の、2013年 福岡アジア美術館交流ギャラリーでの、九大AQAプロジェクトによる現代美術展「わたしの街の知らないところ − シンガポールと日本」に出品した映像と写真作品を見られた方もいるだろう。

今回、日経新聞の記事は、彼女の2009年の映像作品『あなたの声は私の喉を通った』 に触れながら、
山城知佳子の試行とその作品を手がかりに、孫たちの世代にとって『戦後70年』はどう受け留められているのかを、紹介しようとするものだ。

僕が関心を持ったのは、なにも山城が沖縄で生まれ育ち、そして今も沖縄を拠点に「沖縄」を通して活動して
いるからではない。

むろんそのことは、いくらでも語り語られてよいことではある。だがそれよりも、彼女がこれまで、「耳にたこができるようだった」と繰り返し聞かされてきた「戦争体験談」を踏まえてもなお、2009年の『あなたのはー』の制作時に、体験を語った高齢男性から受け取ったものは、「どこか遠い場所に行ってしまったようで、『自分にはこの人の体験を決して共有できない』 と思った」ということだった。

この『決して共有できない』という感覚は、かなり重いことなのではないだろうか。現在のコミュニケーション偏重の、盛んな異文化理解や異質な相手ともどこかで分り合える、そして伝わること、伝えようとすることを
重視する「表現」のありようとはまったく 逆のベクトルが、ここにはあるのではないか。

他者の記憶を継承することの 〈圧倒的な困難〉 を前提に山城は言う。「どんなに感情が震えても、わかったとはいえない」。「わかりえないものに対して、わかろうとする努力を捨てないこと」。そうしてさらに「言葉によって自分のメンタルを書き換えていこうと思う」と。

ちなみに、この連載の5回目(7月3日付)で、劇作家の古川健(36)が自らの演劇の創作について、「他人の経験は究極的には分らないのかもしれない。でもそこで突き放しては、人と人の間には何も生まれないのではないか」と語っている。

この両者には「わかろうとする」ことよりも、「わかりえないもの」に対しての接近の仕方。そこで生じる自らの動揺とそこからしか切り開かれようのない 〈伝達への回路〉が、自覚されてはいないだろうか。

僕は当然のように、ジョルジュ・バタイユのあの言葉、 「伝達不可能なもののみが、伝達するに価する」 を
ここでも反芻する。さらにまた、死を 「経験できないものの経験」 「不可能な経験」としたバタイユの言葉はそのまま、私たちが「戦争体験」の〈声〉を聞きながら、他者のひとりの〈死〉にさえ、決して近づけない圧倒的な困難さ、そのものでもある。

それでも山城知佳子の作品に通奏低音のように響き渡る、唄、声、そして肉体の、さらにそれらが錯綜する美しい残響にさえ、この「わかりえない」ということの核心を見逃し、あるいは聞き逃しては、何一つそこから始まりはしない、ということ。

山城知佳子の、映像は、言葉は、身振りは、そういう困難きわまる 〈わかりえない伝言の試み〉のように、
僕には思えるのだ。

(2015.07.04)