美術家・元村正信氏に、アートスペース貘で見た展覧会の感想や
折々の事などを、美術を中心に気の向くままに書いてもらいます。 artspacebaku
美術折々_01
はじまりに
今回から「貘」のサイトの中に『元村正信の美術折々』というメニューのひとつを任せて
頂くことになった。「日記」ではないので、毎日更新という訳にはいかないが、
アートスペース貘で毎月見る展覧会の中からの感想を中心に、ギャラリー右奥のカフェ
「屋根裏貘」のカウンター越しに触れた人間模様、あるいは日々の思索や好きな散歩の
折々にすれ違った光景など、時には写真も交えながら、気の向くままに不定期ではあるが
すこしづつ綴って行こうと思っている。
たまには、息抜きがてら覗いていただければ幸いです。
元村正信
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美術折々_02
大塚咲X夕希 展
ちかい春の風がまじった昨夜とは違って、寒かったきょうの昼下がり。
屋根裏貘のカウンターで、初めて来たというひとりの少年と出会った。
彼はひとつ置いた左の椅子に腰を下ろすなり、「ブラック」といった。
懐かしい響きだ。
ブラック。もちろんコーヒーのことであるが、
つまり砂糖はいらないという注文のしかたである。
こんなオーダーの仕方ができる少年が持つ、懐かしさ。
そのまえに、僕は隣りの貘のギャラリーで、130点程もあろうかという
ふたりの女の吐息に充ちた生々しい写真の「熱」に接したばかり…。
初めて会ったこの色白の華奢な少年と、彼が吐いたブラックのことばの響きを、
当然その写真を見てきたであろう彼と、女たちの艶かしさを
重ねずにはおれなかたのだ。
美術折々_03
大塚咲×夕希 展_のこと
前回、じつはほとんどこの写真展のことに触れていないのに気づいた。
つい少年との出会いに気を取られてしまったようだ。
だから、この展覧会「MEME」のことも少し。
ふたりの女のみを被写体にしたフルカラー作品。
それぞれのセルフポートレートが含まれてもいるが、
写真家・大塚咲の写真展といってもよいだろう。
濃密な吐息、噛みころすような声、火照った肌に滲み出す汗、虚ろな瞳…。
じっとりと湿った、粘着質のものがそこかしこに溢れている。
すべては終ったのだろうか。
不在の女、あるいは男。ふたりの女に迫ったものの性そのものの不在。
いや、ここでは性の根拠そのものが見えないのだ。
朝霧にくるまれるように、いまも雨は降っている。
水辺の情景はすでに霞んでいた。
ついさっきまで愛したひとの姿が見えない。
ふたりの女はいったい何を想い、旅を続けたのだろうか。
冬も終る。そんな雨も、やがてあがるだろう。
同展は3月1日(日)まで。